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第41回表現学会全国大会

 第41回表現学会全国大会は、本年6月5日(土)・6日(日)の両日、東京の明治大学駿河台キャンパス(東京都千代田区)を会場として、下記の日程で開催されます。今回は、前回までと異なったスケジュールになっています。ご確認のうえ、ふるってご参加ください。

〔第1日〕6月5日(土)

○公開講演(午後1時〜午後2時)
 主観と客観 ――主観表現の恢復に向けて―― 作家中沢 けい
シンポジウム(午後2時15分〜午後4時45分)
 表現学演習 ――日本近現代詩を材料として――司 会龍谷大学糸井 通浩
講 師上智大学赤羽 研三
 京都教育大学植山 俊宏
 上越教育大学野村眞木夫
○総会(午後5時〜午後5時30分)
○懇親会(午後6時〜午後8時)於:明治大学駿河台キャンパス内 サロン紫紺

〔第2日〕6月6日(日)

○研究発表(午前9時30分〜午後12時10分)
 『源氏物語』における対照表現ノートルダム清心女子大学院生福永 佳子
 〈採らない〉という表現
  ――嗅覚表現と八代集恋部構成――
明治大学長沼 英二
 馬琴のふりがな
  ――表現技法の一つとして――
東北大学院生倉田 靜佳
 落胆を表す類義語について
  ――がっかりを中心に――
臨南寺東洋文化研究所清水 泰生
 尾括型論説文の「段」の統括関係による要約文の表現類型早稲田大学院生朴 恵煐
○研究発表(午後1時〜午後3時40分)
 子どもに向けた談話の構造と展開
  ――子どもラジオ電話相談の事例から――
学習院大学院生湯浅千映子
 直喩表現の分析における“対比関係”という手法城西国際大学稲益佐知子
 村上春樹の比喩表現明星学園高校深津謙一郎
 黒人霊歌の表現様式桜花学園大学斎  孝則
 感覚表現における共通感覚と共感覚の共存
  ――色階の可能性――
関西外国語大学短期大学部吉村 耕治
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第41回全国大会シンポジウム概要

テーマ

表現学演習 ――日本近現代詩を材料として――

基本構想(趣旨)

会員各自の表現学的な方法論・分析手法を具体的に紹介すること。
日本近現代詩を材料にするが、あえてその分野外の研究者をパネリストに選ぶ。新しい表現学が生み出せる、または見えてくることを期待し目論んでいる。

課題詩

(4名が共通に取り上げる詩)-(どちらも教科書教材)
吉野弘「夕焼け」
石原吉郎「自転車にのるクラリモンド」

各パネリストの素材詩と分析の観点等

赤羽研三

石原吉郎「葬式列車」「麦」、田村隆一「立棺」など
*詩が構築する世界がどのようなものかを発話の観点から見ていく。詩の発話における語り、呼びかけや命令という形態は詩ではよく見られるが、それが、書き手の詩人と読み手のあり方とどう関わっているかを、中心に見てみたい。

植山俊宏

会田綱雄『伝説』

野村眞木夫

「夕陽」「夕焼」などをタイトルに含み、主に学習材化されている詩――黒田三郎「美しい日没」、鮎川信夫「夕陽」、川崎洋「夕焼空よ」など
*これらの詩の表現がコミュニケーションにおいてどのような効果をもたらしうるのかを、一定の文章論・談話論の観点により、詩の表層に即して捉えることを目的とする。このために、詩における語彙の意味類型と関係、行・連の表現類型と関係、表現類型の配置、自己への言及・他者への言及を明らかにし、呼びかけ等の表現効果をとりだすことを方法とする。

糸井通浩

「雪」というタイトルの詩または「雪」をモティーフとする詩 ― 三好達治「雪」、石井敏雄「雪」、山村暮鳥「雪」、丸山薫「雪がつもる」など
*「視点」をキーワードにして、表現主体が表現とどう関わっているか、関わり方から詩の意図を読む試みをしてみたい。そのことと詩の構成や構造の分析の方法についても考えてみたい。

 近現代詩の研究史や研究成果(先行研究)にあまりこだわらずに、与えられた表現がいかによめるかという観点を重視して、「ことば」にこだわった分析方法が探れたらよいと思っている。

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第41回全国大会研究発表要旨

第2日(6月6日)午前の部

福永 佳子「『源氏物語』における対照表現」

 『源氏物語』における《対照表現》は、物語を展開させていく上で、非常に大きな役割を果たしている。その中でも、光源氏と頭中将、夕霧と柏木、薫と匂宮というように人物に見られる対照や、都と宇治、都と小野といった物語の舞台に見られる対照は、かなり重要な位置を占めていると思われる。『源氏物語』が、長編物語でありながら、複雑な構成を持ち、変化に富んだ展開を見せる背景には、この表現技法が深く関わっているのではないだろうか。
 本発表では、『源氏物語』の特徴的な表現技法である《対照表現》について、特に宇治十帖後半の物語に注目し、都と宇治・小野を舞台に描かれる薫と匂宮との対照を中心に考察を進めていく。物語最後の重要人物、浮舟をめぐって二人の男君が織りなす対照的な世界が、『源氏物語』の構成上、どのような意味をもっているのかを明らかにしたいと思う。

長沼 英二「〈採らない〉という表現 ――嗅覚表現と八代集恋部構成――」

 嗅覚表現を用いる恋歌は、八代集全体に亘って指摘することができる。しかし、それらが配置される部位には、偏向が存在する。三代集においては、恋部に配置されることがない。後拾遺和歌集・金葉和歌集(三奏本)・千載和歌集・新古今和歌集においては、少数ながら、恋部に配置される。三代集で恋部に配置されない、嗅覚表現を用いる恋歌は、四季部などに配置される。このことは、三代集撰進において、恋情に嗅覚を関与させる和歌表現の存在を認めつつも、恋部を構成する和歌の表現として拒絶したことを意味する。
 言語表現のある形式の存在を認めながらも、特定の環境においては、その使用を認めない――これは、特定の表現形式を採択しない、という表現方法である。特定の表現形式を採択しないという姿勢を明示することも、表現の一方法である。
 三代集の恋部は、嗅覚表現を用いる恋歌を排除することによって、部立としての表現を構成する。

倉田 靜佳「馬琴のふりがな ――表現技法の一つとして――」

 ふりがなは、もともと漢文読解という実際的な理由から用いられるようになったものであるが、その後「漢字と仮名との二重表記・二行併読の構造をもつ振り仮名付き表記は、日本語の特色の一つである」(『国語学大辞典』)とされるほどに一般化した。その過程において、ふりがなは単に漢字の読み・意味を示すというよりも、後に「添義法」(五十嵐力『新文章講話』)と呼ばれる、文章の表現技法の一つとして、漢字とあいまって多様な表現を生み出すこととなった。
 本発表では、そのような表現技法を駆使した、江戸時代の代表的な作家の一人、曲亭馬琴を取り上げ、その作品(読本)に見られる漢字とふりがなとのさまざまな関係パターンを示すことによって、ふりがなの持つ表現機能や表現効果について明らかにしたい。

清水 泰生「落胆を表す類義語について ――がっかりを中心に――」

 感情および表情を表す副詞にはいろいろな語がある。たとえば、「にっこり」「しみじみ」などがあり、数多く研究されている。今回、類義語辞典、基礎日本語辞典などの先行研究でほとんど取り上げていない落胆を表す副詞「がっかり」とその類義語「がっくり」「しょんぼり」について考察した。
 考察方法は、新聞、小説、ホームページなどから用例採集とアンケート調査をもとにそれぞれの副詞の使い方を考察した。

朴 恵煐「尾括型論説文の「段」の統括関係による要約文の表現類型」

 読解した文章の内容を端的にまとめる「要約規則」を確立するには、要約文の「表現類型」を分類する必要がある。佐久間編(1994)は、文章の理解力と表現力に基く要約文の表現類型を提示している。これを「文章理解面での類型」とする説(邑本2001)もあるが、本研究では、原文の文章型を反映した要約文の表現類型として考える。佐久間(1989)、伊藤(1998)らは、原文の「段」の統括関係に基く要約文の表現特性を解明しており、これは文章型を踏まえて分析することによって、より緻密な表現類型として確立し得る可能性がある。
 本研究においては、要約文の文章型を文の連接関係を中心に分析し、原文の段の統括関係および佐久間編(1994)の表現類型との関連を検討する。分析資料として、佐久間編(1994)の尾括型の論説文(原文A)の要約文のデータ(要約文A、日本人大学生61名)を用いる。
 要約文Aの表現類型は、全5類13種に分類されるが、最も多い大意的要約文のa型は、P1←P2 Z P3 (注)の要約文の文の連接関係を示しており、原文Aの段の統括関係を直接反映している。これに対して、要旨的要約文のd型は、P1 Z P2 の要約文の文の連接関係を表しており、原文Aの冒頭と結尾を逆接型で結び付けている。

(注) 文の連接関係の記号は、佐久間編(1994)より引用。「←」は補足型、「Z」逆説型

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第2日(6月6日)午後の部

湯浅 千映子「子どもに向けた談話の構造と展開 ――子どもラジオ電話相談の事例から――」

 「ラジオ電話相談」では、話し手(回答者)が聞き手(相談者)に向けて回答する際に、聞き手(相談者)が、「大人」「子ども」と異なることにより、情報の伝え方にちがいが生じ、それが「ラジオ電話相談」という談話の構造に反映されるものと思われる。
 本発表では、「話段」という言語単位をもとに、「相談の話段」を認定、その中で参加者が回答者と相談者のみの「回答の話段」を対象に分析した。回答者と相読者が電話を通して相互に関わりあう中、回答者の大人はどういった「発話機能」を盛り込んで相談者に向けて回答するのか、そしてその「発話機能」をどのような順序で配列しているのか、また回答者に対し、相談者はどういった「発話機能」で反応を返すのか、以上の観点から大人一般向けの「ラジオ電話相談」と「子どもラジオ電話相談」とを比較対照し、そこから見える「大人・子ども」という対象の差がもたらした談話展開のパターンのちがいについて、大人が相談者の場合、助言を仰いでいるのに対し、子どもの場合、原因を尋ねているといった目的のちがいも考慮に入れて考察する。

稲益 佐知子「直喩表現の分析における“対比関係”という手法」

 本発表では、中村明氏が提示した“同部分対比”“異部分対比”という概念を直喩表現の分析に使用するためにはどのような手法をとり得るか、ということについて検討する。対比部分が示される同部分対比では、何か比喩の対象となっているかということがわかるため、喩詞(喩えるものを表す言葉)がいかに多様であっても、受容主体はその比喩表現を受けとめやすいと思われる。この仮説に基き、「ヨウナ」「ヨウニ」(修飾用法)を比喩指標とする直喩表現を検証する。また、同部分対比の対比部分として用いられることの多い名詞(「声」「顔」など)に着目し、これらが異部分対比の被喩詞(喩えられるものを表す言葉)として独立して用いられる際の表現効果についても述べる。

深津 謙一郎「村上春樹の比喩表現」

 村上春樹が1995年の〈地震〉を契機に大きく転回したとは、作家自身も公言するところである。本発表では、いっぱんに、くデタッチメントからコミットメントヘ〉という標語で一括されるその内容を、小説の比喩表現という観点から考察する。村上春樹の小説の主題を語るうえで、比喩表現が重要な役割を担ってきたことには、すでに多くの指摘がある。そうした指摘を踏まえながら、〈地震〉のあと、作家によってあたらしく意識された主題群が、彼の比喩表現をどのように変質させたかが焦点となる。大枠をしめせば村上春樹にとって〈地震〉は、彼の従来の表現技法に変更を迫るものとしてではなく無自覚に為していたその意義を(再)発見させる出来事として自覚された。その意味で、95年を境にした表現技法上の変化は、じつは認められない。しかし、逆にそのことが、村上春樹の小説に決定的な亀裂をもたらすのである。

斎 孝則「黒人霊歌の表現様式」

 黒人霊歌の歌詞を通覧すると、そこには霊歌特有の表現様式が浮かび上がる。それは、聖書に描かれたユダヤ人に関する記述に共感しつつ、それを自分たちの立場に引き寄せて作り直した結果生まれた様式である。例えばヨルダン川は旧約聖書に頻出する地名だが、「ヨルダン川のかなた」と黒人たちが歌うと、それは時に、現世では叶わぬ夢をかなえてくれる天国を意味した。同じく旧約聖書の一書『ヨシュア記』には、ユダヤの預言者ヨシュアの命に従って民が大声で呼ばわると、攻めていたエリコの町の城壁が崩れ落ちることが描かれているが、黒人霊歌では言わば構図はそのままに細部の描写が変更され、たとえば民の代わりに子供らが大声で呼ばわると城壁が崩れ落ちる。こうした改変により黒人霊歌はユダヤ人のではない、黒人の霊歌になった。従ってこの特有の表現様式に注意しながら歌詞を読み、あるいは聞くことは、黒人霊歌の味わいを深めるのに頗る有益である。

吉村 耕治「感覚表現における共通感覚と共感覚の共存 ――色階の可能性――」

 元々、「共感覚」(synesthesia)と「共通感覚」(sensus commūnis)は異なる現象であった。しかし、現象面での類似性のため、その両者を同一視している著作物が、新旧にかかわりなく、文学関係だけでなく、言語学関係でも、かなり見られる。心理学では色、音、香り、味など、異種感覚の主観的経験(様相)の間に共通の性質が見られる現象を「通様相性現象」(intermodality)と呼び、色聴のような共感覚とは区分されている。さらに、感覚に関連しては、音階と同様に、視覚には色階の存在も想定されている。色階は、音階を視覚に結び付けた試みで、S.Piesseが考案した香階(1855年)と同じ試みである。そこで、従来、日本語の「黄色い声」という共感覚表現は、英語では “a shrill [squeaky]voice”と表現されており、「黄色い声」という表現は、日本語だけに見られる特殊な用例と考えられてきたが、色階の可能性が認められれば、日本語独特と言うことはできない。

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